ミャンマー総選挙:アウンサンスーチーを阻む軍の壁

NLD圧勝の背景

2015年11月8日に投票がなされたミャンマー(ビルマ)の総選挙は、自由な投票と公正な開票、選挙結果の尊重が保証された「まともな」総選挙としては、実に55年ぶりのものだった。

英領植民地期の1920年代と30年代に植民地議会の議員を選ぶ選挙が5回おこなわれ、独立前年の1947年には独立後の新憲法を制定するための制憲議会議員選挙が実施されている。一方、独立後の総選挙は3回しか行われていない。その最後のものが1960年だった。少なくともその時までは、国民は選挙結果に基づく政権の継続や交代を経験してきた。しかし、それ以後「まともな」総選挙はミャンマーでは姿を消す。総選挙の称されたものは国軍に支えられた「ビルマ式社会主義」期の1970年代と80年代に4回行われたが、それらは一党独裁の承認選挙だったため、民意が反映されることはなかった。国民は選挙によって政権を交代させる機会から遠ざけられた。

1988年には「ビルマ式社会主義」への反発を強めた全国規模の民主化運動が生じた。しかし、国軍はそれをクーデターでおしつぶし、「ビルマ式社会主義」を捨てより直接的な軍政を開始した。その後、1990年に30年ぶりとなる複数政党制による総選挙が実施されたが、アウンサンスーチー(1945-)率いる国民民主連盟(NLD)が議席の8割を獲得して圧勝すると、それを嫌った軍事政権が選挙結果を無視し、政権移譲を拒否した。

有権者は今回、再び圧倒的な大差で国民民主連盟(NLD)を選び、アウンサンスーチーを指導者とする民主化推進への強い意思を現政府と国軍に対し示した。これは1990年の「幻の選挙」以来、彼らが25年間にわたって持ち続けてきた思いの明確な表明である。

完全小選挙区制のもと、NLDは民族代表院(上院)の80%、人民代表院(下院)の77%の議席を獲得した。圧勝である。両院には軍人議員の枠がそれぞれ25%ずつ存在するが、それを含めても上院の60%、下院の58%の議席を占有するに至った。これによりNLD政権の誕生は確実となり、同党はすでに来年3月の政権交代に向けた準備を始めている。

これに対し現与党の連邦団結発展党(USDP)は大敗を喫し、両院合わせても6.3%の議席獲得にとどまり、野党第一党とはいえ、少数政党に転落した。USDP以外の政党で当選者を出したのは、無所属1名を除き、全て少数民族政党である(アラカン民族党ANP4.4%、シャン民族民主連盟SNLD3.0%、ほか2.5%)。ちなみに、同時に実施された地方議会(州・地域議会)選挙でも、NLDは軍人枠を含めた議席総定数の過半数を制して勝利を収めている。

与党大敗の要因

選挙戦の間、与党USDPは2011年3月の民政移管から始まった4年半の改革路線への評価を訴え、すでに「変化は始まっている」ことを強調し、アウンサンスーチーが政権を担うことを牽制した。与党としては政策論争を中心に選挙戦を戦いたい意向が強かった。しかし、有権者はそれに応じることなく、現政権による改革路線が始まる以前の、過去23年間にわたる旧軍政(1988年〜2011年)のネガティヴな側面を重視し、その流れを汲む現与党に対して拒絶の意思表示をおこなった。それは「政治の世界から軍に離れてほしい」という、軍政期から一貫した人々の強い願いの表明にほかならず、国民は「ドラスティックな変化」を望んだといえる。

有権者はまた、この選挙で国家指導者の交代を要求した。国民の信託を得て就任したとはいえない現大統領テインセインの続投を拒否し、1988年以来、数々の抑圧に堪えながらこの国の民主化運動の先頭に立ち、1991年にノーベル平和賞を受賞して国際的知名度を誇るようになったアウンサンスーチーを国家指導者として選んだのである。

2011年3月末に23年間続いた軍政に終止符が打たれ、当時首相で旧軍政ナンバー4の位置にいたテインセイン大将が軍籍を離れて大統領に就任した際、国内外の多くの人々は疑似軍政の始まりとしか見なさなかった。しかし、そうした見方に反し、一連の民主化に向けた改革が始まり、国際社会はそのスピードと中身の大胆さに驚いた。同時に、新しい体制の土台となった憲法は国軍の権限を幅広く認めたものだったため、過去の軍政色が払拭されることは決してなかった。大統領自身は改革路線を歩む努力を行ったが、それでも憲法改正や少数民族武装勢力との停戦協定をめぐる交渉などで国軍の強い反対に直面し、リーダーシップを発揮できない場面が少なくなかった。

2010年11月に実施された前回総選挙では、軍政から民政に移管する前年だったこともあり、アウンサンスーチーは長期自宅軟禁中で政治参加が認められず、NLDも選挙参加を見送らざるをえなかった。選挙結果は当時の軍政が結成したUSDPの「圧勝」となり、同党が両院の圧倒的多数を占める与党となった。しかし、NLDが関わらないこの総選挙は、民意を反映したものにはならなかった。その後、民主化に向けた改革がはじまると、2012年4月の補欠選挙でアウンサンスーチー党首を含む計43人のNLD議員が当選して上下両院に加わったが、政治の大勢に影響を与えることはできなかった。国民はこうした現実にフラストレーションを覚え、「幻の選挙」となった1990年総選挙の時と同規模の支持を再びNLDに与え、与党を大敗させたのである。

国軍と憲法の壁

アウンサンスーチーはやっと国民の信託に基づきビルマの指導者として政治のかじ取りを行うことが可能となった。1988年の民主化運動で政治デビューして以来、実に27年の時が経った。デビュー当時43歳だった彼女も、今や70歳である。

しかし、彼女とNLDには厳しい現実が待ち受けている。まず憲法の資格条項による制約のため、アウンサンスーチーは大統領に就任することが叶わない。外国籍の家族がいる者を正・副大統領の有資格者から除外することを定めたこの規定は、現憲法を制定した当時の軍事政権が、彼女を未来永劫、大統領にさせないために作ったものである(彼女の息子2人はビルマと英国の両国籍を持っていたが、軍政期にビルマ国籍をはく奪されている)。この規定のため、彼女は別の人間を大統領に据える必要がある。選挙運動の最後の段階で「私は大統領の上の存在になる」と彼女は明言したが、これは「たとえ大統領に就任できなくても、それは欠陥憲法のせいであり、自分は大統領を外からコントロールする存在となって国民のために闘う」ことを有権者に約束したものだといえる。多くの有権者はこの発言を通して彼女の強い意思を確認し、NLDへ投票する決意をしたと思われる。

ただ、彼女が誰を大統領に指名するにしても、組閣にあたっては国防、内務、国境担当の3つの大臣ポストは国軍最高司令官によって指名される決まりが憲法にあるため、軍と警察と国境管理に関する権限は合法的に軍に握られてしまうことになる。その憲法を改正するにしても、上下両院それぞれの75%+1名以上の議員の賛成がないと発議できないため、各院で25%の指定席を確保している軍人議員の一部がNLD側につかない限り、改憲は不可能である。

このことからも想像がつくように、現憲法は国軍にとって自分達が国政に深く関与するための命綱だといえる。1988年から23年間にわたった軍政期において、15年もかけて慎重につくりあげられたこの憲法は、行政と立法の分野において様々な権限を国軍に与えている。あらためてその主な内容は示すと次のようになる。

  1. 上下両院、州・地域議会において、それぞれ25%の議席を軍人が確保する。
  2. 憲法改正は上下両院それぞれの議員の75%+1名以上の賛成をもって発議され、そのうえで国民投票を実施し、有権者名簿登載者数の過半数の賛成を経て承認される。
  3. 国防相、内務相、国境担当相については、国軍最高司令官が指名する。
  4. 正・副大統領計3名のうち、必ず1名は国軍関係者が就く。
  5. 大統領が国家非常事態宣言を出せば、国軍最高司令官が期限付きで全権を掌握する。

 国軍はこうした憲法上の権限を基盤に、来年3月に発足する見込のNLD政権を合法的(・・・)に(・)制御できる立場にある。

総選挙でのNLD圧勝は国軍から見て不愉快な事実ではあったかもしれないが、本音は「痛痒い」程度のショックだったはずである。彼らは現在、憲法上の規定を充分に活用してNLD政権を牽制することを熟考しているのではないだろうか。

このような状況にあっては、アウンサンスーチーが対話を通じて国軍に憲法改正に向けた説得を行おうとしても無視される可能性が高い。NLDはすでに総選挙前、市民運動とも連携しながら憲法改正の機運を高め、両院での発議を一年近くかけて試みたが、文言の一部修正を除き、軍人議員に反対され、与党の賛成も少数しか得られなかった。今後、国民の圧倒的信託を力に、アウンサンスーチーはあらためて国軍に改憲への協力を求めることになるが、その成果が短期間に出るとは考えにくい。

軍に好都合にできているこの憲法を民主的なものに変えることこそ、NLDの選挙公約であり、アウンサンスーチーの当面の最大目標である。しかし、その壁は既述のようにきわめて厚く高い。彼女としては軍との協調関係を築き、対話を通じて改憲への同意をとりつけることが重要な必要条件となる。総選挙で圧勝した彼女の最初の仕事は、自らに代わる大統領選びよりも、来年3月の新政権発足までに軍の協力を得て、政権移譲のソフトランディングを図ることにある。彼女はNLD圧勝が確実になると、テインセイン大統領とミンアウンフライン国軍最高司令官に「国民和解」を進めるための対話を申し入れた。これはタイムリーな行動であり、大統領と司令官も受け入れ姿勢を示したが、その後、日程の設定が流動的となり、早期の実現に暗雲がかかっている(2015年11月23日現在)。

アウンサンスーチーにとって、国民和解の推進は人生を賭けた目標である。それは「国軍と国民との和解」「少数民族と中央政府との和解」「宗教間対立の克服」の3要素から成る。なかでも国軍と国民との和解、すなわち国民の信託を得たNLD政権と国軍との協調関係の樹立は、政権の安定に直接関係するだけに、大変重要な課題だといえる。憲法改正をめぐって対立関係にあるなか、彼女がどのように国軍との和解推進に向けた努力をおこなうのか、また国軍がそれにどう対応するのかが、今後のミャンマーで最も注目すべき点となる。

待ち受ける中長期的課題

このほかにも様々な中長期的課題がアウンサンスーチーとNLDを待ち受けている。なかでも教育改革と保健衛生の向上、そして農村開発については早期に着実に取り組む必要がある。これらは国際社会が援助を通じて最も貢献できる分野でもあり、実際、軍事政権期にあってもこれらの分野には海外からの支援がなされていた。

教育分野は課題が特に多い。軍政期に抑圧され機能を著しく低下させた国立大学の改革がまずは必須となる。具体的には研究教育施設の改善をはじめ、軍政期に政治的理由から地方に分散させられたキャンパスの再統合、教員の質の向上、時代遅れのカリキュラムの改正、単一的な入試制度の改革、学生活動の自由の保証などが求められる。これに加え、独立以来の目標である義務教育の導入、12年制教育の実施(現在は小中高11年制という国際標準から見て中途半端な制度になっている)、不足する小中学校教員の養成(学校はあっても教師が赴任しない事例が多い現状の改善)、私立学校の拡充(とりわけ私立大学開設の解禁)、そして「暗記中心」から「考える力を養う」カリキュラムへの改善などが重点課題となる。

保健衛生については、軍政期からODAの供与や国際NGO等の活動を通じた支援がなされており、ひきつづき最も海外からの援助が期待できる分野だといえる。しかし、援助に頼るだけでなく、自ら国家予算の配分比率を高め、マラリアや各種伝染病の撲滅をはじめ、病院・保健所の拡充、医師・看護師・保健師の育成などに積極的に取り組む必要がある。NLD政権はこの分野については確実に実績を残せるのではないかと期待される。

農村開発においては、無医村解消や少額負担で治療が受けられる医療制度の確立、農民に対する低利融資の拡充、農村部の生活道路の整備などが課題となる。農業自体の近代化促進(灌漑設備の各台、機械化の推進等)も求められる。日本をはじめとする外国の対ミャンマー支援は得てして工業化推進やその関連インフラの整備に傾きがちだが、この国の最大産業が何であるかを考えた場合、農業分野の近代化支援にこそ、一番の力を入れるべきだといえる。

既述のように、NLD政権にとって最も大切な目標は民主化に向けた憲法改正、行政機構の改革、司法制度の整備といった「法による支配」が貫かれる国づくりを進めることにあるが、それと並行して、ここに示した国民の日々の生活と密接に関連する中長期的課題の達成にも積極的に取り組む必要がある。これら3分野で一定の成果を出すことができれば、たとえ憲法改正が国軍の抵抗でうまく進まなくても、NLD政権は国民からの支持を獲得し続けることが可能となろう。

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ラカイン州のロヒンギャ難民(写真:英国外務省) flickr stream

「超」長期的課題への挑戦

一方、これまでに示したものとは次元の異なる、より深刻な課題もアウンサンスーチーを待ち受けている。一つは様々な少数民族武装勢力と中央政府との間の停戦・和平達成に向けた取り組みであり、もう一つは多数派仏教徒による少数派ムスリムに対する排他的態度を抑え、両者の和解に向けた政策を模索することである。前者はテインセイン大統領の任期中に中途半端な停戦協定の樹立までこぎつけたが、これを全武装勢力との停戦実現とその先の和平協定締結にまで推し進めるには、複雑で根気のいる取り組みが求められる。また、ここでも国軍の協力をとりつけることが必要条件となる。後者については、宗教間対話の促進を政府自ら進めていく必要がある。これと関連して、ラカイン州北西部在住のムスリム系民族で仏教徒住民による迫害のため大量の難民を流出しているロヒンギャの問題についても、これまでのテインセイン政権のような排斥的態度を取り続けることは許されない。ロヒンギャは今回の総選挙で選挙権も被選挙権も奪われ、国政から排除された状況にあり、ミャンマー政府はそのことにより国連人権特別報告者から批判を受けている。NLD政権はこのことを真摯に受け止め、改善に向けた対応をとる必要がある。

少数民族問題と宗教間対立の問題は、5年間の任期だけでは克服できそうにない「超」長期的で重い課題だといえる。ミャンマーのナショナリズムが非仏教徒や「非」土着系の人々対し排他的になりやすい傾向を歴史的に持っているため、その扱い方を誤ると国民世論の分裂を容易に招くことになる。アウンサンスーチーはこれらの問題への対応に相当な神経を使うことになろう。けれども「国民和解」に人生のすべてを賭けている彼女にとって、この深刻な課題の克服はけっして避けて通れるものではない。茨の道ではあるが、彼女は前に進むしかない。国民の反応も含め、今後のミャンマーの政治動向において、この最後に示した「超」長期的な課題は、常に注目すべきポイントとなる。

根本 敬
(上智大学総合グローバル学部教授)

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