ラカイン州の人々の平和で公平かつ豊かな未来に向けて: ラカイン州諮問委員会最終報告書

アウンサンスーチー国家顧問の戦略

―コフィ・アナンとの共闘―

根本 敬

(上智大学総合グローバル学部教授)

 

 

 ミャンマー(ビルマ)から流出したロヒンギャ難民の問題は国際的イシューと化している。2017年8月に生じた「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」を自称する武装集団によるラカイン州北西部の警察施設等への攻撃をきっかけに、ミャンマー政府軍や警察、身元不明の「民兵」らによる行き過ぎた捜索や圧迫が起こり、数多くのロヒンギャ一般住民が迫害され、居住地であったラカイン州北西部から追い出され、その数は最終的に70万人にも達した。

 民主化運動の指導者として、また1991年ノーベル平和賞受賞者としてグローバルにその名前が知られるアウンサンスーチーは、2016年4月以降、前年11月の総選挙での圧勝を受けて国家顧問という新設ポストに就任し、「大統領を上回る権限を持つ」存在となった。その彼女がロヒンギャ問題に関し積極的に動かず、政府軍に配慮した言動をとっているということで、国際社会からは様々な批判を浴びている。

 しかし、ここで敢えて問いたい。アウンサンスーチー国家顧問はロヒンギャ問題に関し、本当に積極的に動いていなかったといえるのだろうか。彼女が就いている国家顧問職は確かに大統領に対してもアドヴァイス(=事実上の命令)を与えることができる職位である。しかし、その権限は旧軍政が制定した憲法上の制約のため、政府軍(国防省)と警察(内務省)、および国境管理(国境省)には全く及ばない。ロヒンギャ問題はまさにこの3分野と直結するのに、彼女に指揮権はいっさい与えられていないのである。また、ミャンマー国内世論は圧倒的に「反ロヒンギャ」である。ロヒンギャ問題に関し、少しでもロヒンギャに「同情的」な発言をしようものなら、SNSなどを通じて激烈な反論がなされる現実にある。そのような「両手両足を縛られた」にも等しい状況にアウンサンスーチーは置かれている。

 彼女はしかし、国家顧問に就任してから4か月後の2016年8月、ロヒンギャ問題解決に向けた独自の「戦略」を開始する。ムスリムを含む3人の外国人メンバーを加えた9人の委員から成る「ラカイン州諮問委員会」を発足させ、一年間かけてミャンマーとバングラデシュ両方で調査をおこなってもらい、問題の根本的解決に向けた進言をしてもらうことにしたのである。そのとき委員長を引き受けたのが元国連事務総長のコフィ・アナン(2018年8月逝去)であった。同委員会には十分な調査権が与えられた。

 2017年8月に最終報告書がミャンマー政府に手渡される。それがこの報告書である。ただ、その翌日に上述のARSAによる襲撃事件が発生、政府軍と警察と民兵による「ロヒンギャ追い出し」が始まったため、報告書の内容に関する報道はほとんど薄らいでしまった。しかし、一読すればわかるが、内容は非常に前向きである。

 ミャンマー国内世論を考慮し、「ロヒンギャ」という民族名こそ用いていないが、①(ロヒンギャの)国内移動の自由を認めること、②何世代かにわたって継続してラカイン州に住んでいる者には正式の国籍を与えること、③そのためにも1982年制定の国籍法(ミャンマー市民権法)の改正に向けた検討をおこなうこと、などが結論として明確に示されている。これはもともとアウンサンスーチーが国家顧問に就任する前から抱いていた解決策であり、2013年4月、彼女がまだ野党党首(下院議員)だったときに訪日した際、筆者も同席した小さなか会合で発言した内容と一致している。これを彼女はコフィ・アナン氏を筆頭とする信用のおける外国人を複数含む第三者から構成される諮問委員会に進言させることによって、政府軍と世論の圧力をかわそうと試みたのである。

 彼女はこの報告を重視し、難民問題で悪化する一途のロヒンギャ問題の解決に向けて、コフィ・アナン報告で示された進言の具体的実施を国際社会に約束した(2017年9月)。さらに報告書の結論の具体的実現に向けた第三者委員会と、ロヒンギャ圧迫の実態を調査するための独立諮問委員会も発足させている(これには日本の元国連大使を含まれている)。こうした一連の努力を私たちは軽視してはならない。

 ロヒンギャ問題は典型的な人権抑圧であり、深刻極まりない難民問題である。ただ、その歴史的背景には複雑なものがあり、政府軍と国民世論の「反ロヒンギャ」感情があまりにも強いため、根本的解決には時間と壮大な労力を有する。私たちはコフィ・アナンとアウンサンスーチーとの「共闘」を十分に生かせるよう見守り、援助できる部分はしっかり援助していきたいものである。

 


 

 

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