ヘルシンキ和平合意後のアチェを考える

2005年8月15日はアチェにとって歴史的な日となった。インドネシア政府と自由アチェ運動(GAM)がヘルシンキにおいて合意に関する覚書(以下、ヘルシンキ和平合意)に調印したのである。ヘルシンキ和平合意には6つの重要なポイントがある。すなわち、(1)アチェの統治運営、(2)人権、(3)恩赦および社会復帰、(4)治安の回復、(5)アチェ監視団の設置、そして(6)意見対立の解決である 1。ヘルシンキ和平合意後、インドネシア国軍の一部がアチェから撤退し、GAMは武装解除され、その軍事部門は解散させられた。2005年、GAMの元戦闘員らの受け皿としてアチェ移行委員会(KPA)が設立され、ムザキル・マナフ(Muzakir Manaf)が今日まで委員長を務めている。

このヘルシンキ和平合意については賛否両論があったのも事実だ。しかし、ユスフ・カラ副大統領は、交渉は国策大綱に関する1999年第IV号国民協議会規定に基づいて行われたと述べていた。合意の精神は、アチェ問題を公正かつ尊厳をもって解決することにあり、そのために軍事作戦地域指定期間中および指定後の人権侵害は誠実に究明されなければならなかった 2。ヘルシンキ和平合意のポイント(1)のフォローアップとして、2005年9月、インドネシア政府はアチェ州政府に対し法案を作成するよう要請した。アチェ州政府はそれをシアー・クアラ大学、アル・ラニリ国立イスラム大学(現UIN)とマリクッサレ大学、そしてアチェ州政府専門家チームに委託した。最終的にはアチェ州議会(現、アチェ議会/DPRA)が「アチェ州議会法案」を策定し、政府へ提出した。その後、政府の検討と国会審議を経て、2006年8月1日、アチェ統治法(2006年法律第11号)が施行された 3

 アチェ政府の権限

アチェ統治法ではアチェに特別な権限を認めている。たとえば①アチェは州条例(Qanun)を制定することができる(第1条の21)、②中央政府が締結する条約および国会における法案がアチェ政府に直接関係する場合、アチェ議会(DPRA)との協議・審議がなされなければならない、また中央政府が策定する政策がアチェ政府に直接関係する場合はアチェ州知事と協議がなされなければならない(第8条)、③外国の機関や団体と協力関係を結ぶことができる(第9条第1項)、④国際的な芸術・文化・スポーツ活動に参加することができる(第9条第2項)、⑤地方首長選挙における無所属での立候補が容認される(第67条)といった権限の他、⑥地方政党の設立(第75条‐第95条)、⑦ワリ・ナングロ(Wali Nanggroe) 4の設置(第96条、97条)、⑧慣習機関の設置(第98条)、⑨イスラム法の執行(第125条‐127条)、⑩イスラム法廷の設置(第128条‐137条)、⑪イスラム法学者評議会(MPU:Majelis Pemusyawaratan Ulama)の設置(第138条‐140条)、⑫中央政府とアチェ政府によるアチェの石油・ガスの共同管理(第160条)、⑬サバン自由貿易港管理協議会への政府権限の委譲(第170条)、⑭20年間の特別自治資金(第183条)、⑮アチェ州警察長官およびアチェ州検察長官任命に関してアチェ州知事の承認を得ること(第205条、209条)、⑯アチェ人権裁判所の設置(第228条)、アチェ真実和解委員会の設置(第229条)、⑰アチェの紋章、歌、旗の創設(第246条‐248条)、⑱国土庁アチェ州事務所および県・市出張所のアチェ政府および県・市への統合、といったことを定めている。

アチェ統治法の制定後、イルワンディ・ユスフ(Irwandi Yusuf)やバクティアル・アブドゥラ(Bachtiar Abdullah)、ムナワル・リザ・ゼイン(Munawar Liza Zein)などGAM幹部は、一部の条文がヘルシンキ和平合意に反するとして拒否した。例えば、和平合意の1.1.2 の b、cおよび dにおける「承認」という表現が「検討」に置き換えられている統治法第8条などを挙げている 5。2006年8月11日、アチェ政府とアチェ議会は、首長選挙に関する州条例(Qanun)を改正・承認した 6

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アチェに残ったインド洋大津波の傷跡(2006年撮影)。Photo: 井上治

ヘルシンキ和平合意後のアチェの行政

統一地方首長選挙に関する州条例制定後の2006年12月6日、アチェ州知事選と23県・市のうち19県・市の首長選挙が行われた。当時、すでにKPA(アチェ移行委員会)となっていたGAM側は州知事選および県・市長選に候補者を出すための政党を結成していなかったが、無所属での立候補が認められることになったため、KPK/GAMの一部のメンバーが立候補した。そのうちの一人は、KPK/GAM側として正式に立候補を表明したわけではなかったが、イルワンディ・ユスフで、アチェ住民投票情報センター(SIRA)理事長のムハマド・ナザル(Muhammad Nazar)を副知事候補としてペアを組んだ。

8組の正副州知事立候補者のうち、イルワンディ=ナザル組が有権者260万人のうちの36.2%の得票率を得てアチェ州正副知事に当選した。任期は2007年~12年の5年間である。その次に得票率の高い順から、フマン・ハミッド(Human Hamid)=ハスビ・アブドゥラ(Hasbi Abdullah)組、マレク・ラデン(Malek Raden)=フアド・ザカリア(Fuad Zakaria)組、アズワル・アブバカル(Azwar Abubakar)=ナシル・ジャミル(Nasir Jamil)組、ガザリ・アッバス・アダム(Ghazali Abbas Adam)=サラフディン(Salahudin)組、イスカンダル・フシン(Iskandar Hoesin)=サレ・マナフ(Saleh Manaf)組と続き、タムリカ・アリ(Tamlicha Ali)=ハルメン・ヌリクマル(Harmen Nuriqmar)組が3.99%、最後尾がジャリ・ユスフ(Djali Yusuf)=シャウカス・ラフマティラ(Syauqas Rahmatillah)組の3.26%であった 7。一方、県・市の首長選でも、東アチェ県、北アチェ県、ピディ県、サバン県、西アチェ県、アチェジャヤ県、ロクスマウェ市でKPA/GAMを代表する無所属候補が当選した 8

イルワンディとナザルが正副州知事を務めた時期のアチェは、比較的治安も良く中央政府とアチェ政府の関係もうまく行っていた。その時期にアチェ統治法に関する実施細則が策定され法制度の整備が進んだ。実施細則の内訳は、約10の政令、3つの大統領規則、そして44のアチェ州条例である。国が定めた政令には、(1)アチェの地方政党に関する2007年政令第20号(2007年3月14日制定)、(2)アチェ政府官房長およびアチェの県・市官房長の任用と解任の要件と要領に関する2009年政令第58号(2009年9月23日制定)、(3)サバン自由貿易港管理協議会への政府権限の委譲に関する2010年政令第83号(2010年12月20日制定)がある。大統領規則には、(1)アチェ政府に直接関係する条約の立案、立法計画、国内政策についての協議および審議手続きに関する2008年大統領規則第75号(2008年12月24日制定)、(2)アチェ政府と外国機関の協力に関する2010年大統領規則第11号(2010年1月28日制定)がある。また、2007年から11年までにアチェ政府が定めたアチェ州条例は19にのぼっている。

一方、まだ制定されていない政令に(1)中央政府とアチェ政府によるアチェの陸と海における天然資源・石油ガスの共同管理に関する政令(アチェ統治法第160条)、(2)アチェにおける国に準じる権限についての政令(アチェ統治法第270条)があり、未制定の大統領規則に(1)国土庁のアチェ州事務所のアチェ政府への併合、また国土庁県・市出張所の各県・市への併合に関する大統領規則(アチェ統治法第253条第2項)がある。イルワンディとナザルが正副州知事を務めた時期には、貧困層のためのアチェ健康保険(JKA)事業や大学生(学士課程)・院生(修士・博士課程)への奨学金給付事業など、アチェの人々の福祉向上プログラムが実施された。

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2006年に行われたアチェ正副州知事選挙のポスター。Photo: 井上治

次に、地方政党に関する政令発布後の2008年7月7日、6つの地方政党が結成された。アチェ党(PA)、アチェ住民独自の声党(P-SIRA)、アチェ大衆党(PRA)、アチェ安寧党(PAAS)、アチェ統一党(PBA)とアチェ主権党(PDA)である。この6つの地方政党に38の全国政党が加わった44の政党が、2009年4月9日のアチェ地方議会(州、県・市)選挙で議席を争った。その結果、州議会の69議席のうち33議席をアチェ党が占め、民主党10議席、ゴルカル党8議席を、国民信託党5議席、福祉正義党4議席、開発統一党4議席、残り5議席は月星党、インドネシア統一正義党、愛国者党、民族覚醒党、アチェ主権党がそれぞれ1議席ずつを占めることになった。

県・市議会では、23の県・市のうち、アチェ・タミナン県、東アチェ県、ロンサ市、北アチェ県、ロクスマウェ市、ビルン県、ピディ県、大アチェ県、サバン市、西アチェ県、アチェジャヤ県の11県・市でアチェ党が第1党となった。

しかし、2009年の総選挙後、アチェ党の内部対立が起こり始めた。イルワンディ=ナザルの正副知事と党幹部との対立である。その結果、2011年州知事選でアチェ党はイルワンディ=ナザル組を党の公認候補とはせず、ザイニ・アブドゥラ(Zaini Abdullah)(GAMの元外務大臣でヘルシンキ交渉のGAM側代表を務めた)とムザキル・マナフ(Muzakir Manaf)(GAM元司令官、KPA委員長とアチェ党党首を兼任)を正副州知事候補とした。一方、イルワンディはムフヤン・ユナン(Muhyan Yunan)(州の元居住・道路局長)と組んで無所属で立候補した。

アチェ党は、統一首長選挙への無所属候補の出馬を認めるのは2006年の統一首長選挙に限るという、統治法第256条の規定を取り消した憲法裁判所判決(No.35/PUU-VIII/2010)を不服とし、選挙をボイコットする構えを見せた。このため、本来2011年12月24日に予定されていた投票日は、2012年2月16日に、さらに2012年4月9日へ2回延期されることになった 9。選挙の延期はアチェ独立選挙委員会(KIP)が、統一首長選挙の延期を求めた憲法裁判所の2度の判決(No.1/SKLN-X/2012とNo.108/PHPU.D-IX/2011)を考慮して決めたものである。

統一首長選が延期される一方、イルワンディとナザル正副州知事の任期は2012年2月9日で終了し、選挙が行われるまでの間、知事が不在となるため、中央政府はタルミジ・カリム(Tarmizi Karim)(2001年~06年まで北アチェ県長、内務省研修局長)をその間の暫定州知事に任命した 10。州知事就任中、タルミジ・カリムは、統一地方首長(州・県・市)選挙に関する2012年州条例第5号を承認した。

2012年4月9日、アチェ州知事選と19の県・市長選挙が実施された。正副州知事選にはアチェ党公認を含む5組が立候補した。選挙の結果、ザイニ=ムザキル組(アチェ党)が55.77%の得票率でアチェの正副州知事に選出された。次いでイルワンディ=ムフヤン組(無所属)が29.18%で続き、ナザル=ノヴァ・イリヤンシャ(Nova Iriansyah)組(民主党)が7.65%、ダルニ・ダウド(Darni M. Daud)=アフマド・ファウジ(Ahmad Fauzi)組が4.07%、トゥンク・アフマド・タユディン(Tgk. Ahmad Tajuddin)=トゥク・シュリアンシャ(Teuku Suriansyah)組(無所属)が3.33%であった 11。県・市レベルでは、19の県・市のうち、東アチェ、ランサ、北アチェ、ロクスマウェ、ピディ、サバン、西南アチェ、アチェジャヤの9つの県・市でアチェ党の候補者が当選した。

2012年6月25日、ザイニ=ムザキルがアチェの正副州知事に就任した 12。任期中に発布された州条例には次のものがある。①ワリ・ナングロに関する条例(2012年条例第8号、2012年11月9日制定)、②アチェの旗および紋章に関する条例(2013年条例第3号、2013年3月25日制定)、③石油ガス収益の追加分配金および特別自治資金の使途に関する2008年条例第2号改正条例(2013年条例第2号)、④投資に関する2009年条例第5号改正条例(2013年条例第4号)。

 2014年4月9日の統一地方首長選挙には12の全国政党とアチェ党、アチェ平和党(PDA)、アチェ国民党(PNA)の3つの地方政党が立候補者を出した。PNAの大部分は元来アチェ党の党員で、イルワンディ・ユスフやソフィヤン・ダウド(Sofyan Daud)など、いわばKPA/GAMのメンバーである。2013年12月16日、アチェ政府はヘルシンキ和平合意とアチェ統治法に基づき、アチェの人々の統合や慣習・文化を象徴する役職であるワリ・ナングロにマリク・マフムド・アルハイタール(Malik Mahmud Al-Haytar)(元GAM首相)を任命した。だが、中央政府はこのワリ・ナングロ州条例の内容をまだ承認していない 13

 著者について
アムリザル J. プランAmrizal J. Prang
アチェ州ロクスマウェにあるマリクッサレ大学法学部講師。専門は行政法。

Notes:

  1. インドネシア政府とGAMによる覚書(MoU)の翻訳。ヘルシンキ、2005年8月15日。
  2. ユスフ・カラ副大統領:インドネシア共和国政府―GAM 協議、国会協議会信託、2005年6月5日付コンパス紙(1頁)。
  3. アチェ統治法(2006年法律第11号、2006年官報第62号、官報補則第4633号)。
  4. アチェの伝統や慣習の振興や監督、栄典の付与等を行う役職。
  5. アノン(Anon)「国と地方の関係、GAM,アチェ統治法の一部条文を拒否」コンパス紙、2006年8月3日。
  6. ナングロ・アチェ・ダルサラーム州における正副州知事・正副県長・正副市長選挙に関する2004年州条例第2号の第2回改正条例、2006年州条例第7号、2006年官報第07号、官報補則第07号
  7. detek.com:2006年12月29日「イルワンディ=ナザル、当選確定」http://news.detik.com/read/2006/12/29/125022/725227/10/irwandi-nazar-resmi-jadi-juara?nd771104bcj(2013年12月30日アクセス)
  8. アムザルJ.プラン(Amrizal J. Prang)「今こそ、人々を“解放する”とき」スランビ・インドネシア紙オピニオン欄、2006年12月19日。
  9. コンパス紙:2012年1月30日「アチェ統一地方区部長選挙、再び延期に」、http://regional.kompas.com/read/2012/01/30/1518551/(2013年12月30日アクセス)
  10. レプブリカ紙:2012年2月8日「タルミジ、アチェ州知事に就任」、http://www.republika.co.id/berita/regional/nusantara/12/02/08/lz23n3(2013年12月30日アクセス)
  11. テンポ:2012年2月8日「ザイニ=ムザキル組圧勝」、http://www.tempo.co/read/news/2012/04/18/058397983/(2013年12月30日アクセス)
  12. Viva News:2012年6月25日「内務大臣、元GAM外相を州知事に任命」、http://nasional.news.viva.co.id/news/read/329299(2013年12月30日アクセス)
  13. テンポ:2013年12月16日「マリク・ムハマド、ワリ・ナングロアチェに指名される」、http://www.tempo.co/read/news/2013/12/16/058537807/(2013年12月30日アクセス)