バングラデシュ・チッタゴン丘陵地帯における少数民族に関する教育及び言語政策に関する現状

 

田中志歩(香川大学教育学研究科学校教育専攻修士課程)

 

 大河川が運ぶ土砂で造られたデルタ地帯のバングラデシュの中で、チッタゴン丘陵地帯は、バングラデシュ東南部に位置し、アラカン山脈につながるバングラデシュ唯一の丘陵地帯である。カグラチョリ県、ランガマティ県、バンドルボン県の3県から成り立っており、国土の10%にあたるこの場所では、古くからモンゴロイド系の少数民族(先住民族ともいう)が焼畑農業を中心に生活を営み、デルタ地帯に居住する多数派のベンガル人とは異なる文化を営んできた。この地域に住む人々の起源については不明な点が多く、インド北部、中国南部の地域から南下してきた民族とミャンマー方面から北上してきた民族が入り混じって居住していると考えられている。人口の一番多いチャクマに続き、マルマ、トリプラなど11の少数民族(13ともいわれる)、約60万人が生活を営んでいる1

 この11民族を総称しジュマ(Jumma:ベンガル語で焼き畑をする人々)という名称を使うこともある。これは、民族意識を高めるために80年代頃につくられた造語であるが、この総称が使われるようになった歴史は浅く、11のすべての少数民族が自らをジュマと思っているわけではなく、どちらかと言えばそれぞれの民族名で呼ばれることを望んでいる。また、古くからは「パハリ(山の民)」という総称が使われており筆者がフィールドワークを実施する最中はこの総称を少数民族自らが使用している場合が多くみられた。

 バングラデシュの教育は、1990年の「万人のための教育世界宣言(Education for All:EFA)」に調印して以来、初等教育の完全普及へ向け、様々な問題を抱えながらも就学率を伸ばし、発展してきている。先進国からの国際教育協力が行われるとともに、政府も力を入れ、教育制度拡充を試みてきた結果、近年では大きな成果を上げている2

 就学率など数値の上では、2007 年において初等教育純就学率 は97%という、めざましい進歩を遂げた。しかし、「ラスト10%、ラスト5%問題」といわれる少数民族や最貧困層、障害を持つ子どもは未だにこの発展から取り残されてきており、今後の課題の1つである。

 Asiatic Society of Bangladeshによると、バングラデシュの少数民族は居住地域によって、①チッタゴン丘陵地帯系12民族、②北部系15民族(サウタル、パリア等)、③マイメンシン―シレット系18民族(ガロ、モニプリ等)、の3つの類型45民族に分類されている。しかし、これらの分類には諸説があり、民族数なども様々な報告が行われている。

 国の人口の9割以上がマジョリティであるベンガル人が占めるバングラデシュの中で少数民族の立場は弱く、ベンガル人との間に土地問題を抱えているケースが多いとされている。少数民族間の多くの共通点としては、①モンゴロイド系である、②ベンガル語を母語としない、③非ムスリムであるという点が挙げられる。そのため、マジョリティであるムスリムベンガル人との間に、形質的差異、言語的差異、宗教的差異の三重の差異がある。これに加えて、チッタゴン丘陵地帯系の少数民族は、④非平野居住者であることによる生活形態の差異、⑤長期間の政府間との紛争に加え現在にも及んでいる実質的な軍政や外国人入域規制があることによる統治形態の差異があり、バングラデシュの少数民族の中でもさらに特異性のあり存在とされている3

 チッタゴン丘陵地帯における、初めての正式な教育機関は1862年にチャンドラゴーナ郡の小学校の設立によって開始された。その後、1938年に特別な特徴を有する地域性から、チッタゴン丘陵地帯教育庁が設立され、1947年から1948年の間に144の小学校を設立し、パキスタン時代の終わりである1971年までにその数は351校までに増加した。

 しかし、2014年の時点においてもチッタゴン丘陵地帯の公立学校の普及は60%未満であり、特に3県の中でもバンドルボン県での公立学校の普及が遅れており、40%以上の地域(1554村)には学校設備がない状況である4

 また、バンドルボン県の教育の遅れは識字率からも明らかであり、2011年の国勢調査によるとバングラデシュ全土の識字率が51.80%に対してチッタゴン丘陵地帯全域での識字率は43.90%である。その内訳はカグラチョリ県46.10%、ランガマティ県49.70%、バンドルボン県35.90%となっている。このように、バンドルボン県がとりわけ教育の普及が遅れている原因としては、3つの県のなかで唯一11の少数民族すべてが居住している多様性を持ち、少数民族の中でも人口の小さい民族(クミ、チャック、キャン、ルシャイ等)がバンドルボン県に集まっていることが考えられる。

 チッタゴン丘陵地帯における教育政策としては、UNICEFとCHTDF(Chittagong Hill Tracts Development Facility)が1983年より合同で、チッタゴン丘陵地帯のバンドルボン県とランガマティ県に4つの民族寄宿舎学校を運営している。これらの民族寄宿舎学校は、バンドルボン県には3校「ムロ民族寄宿舎学校」「ルマ市民族寄宿舎学校」「アリコドム市民族寄宿舎学校」ランガマティ県には1校「ラジャストリ市民族寄宿舎学校」が設置されている。
 これらの民族寄宿舎学校は、3年生から10年生までのチッタゴン丘陵地帯に暮らす11の少数民族児童生徒が学び暮らしている。この中で、「ムロ民族寄宿舎学校」は、教育水準の低いムロおよびクミのみが入学が許可されている学校であり(ムロ民族の非就学率は87%:CHTDF-UNDP、2009)、他の少数民族は入学ができないことになっている。尚、ムロやクミが他の民族寄宿舎学校に入学することは可能である。

 学費、寮費は無料であり一度入学すると10年生までの教育を受けることが可能なため少数民族社会からの人気が高く、入学試験の競争率が激しい。CHTDF-UNDPの年間報告(2016)によると、4つの民族寄宿舎学校の合計児童生徒数は1042人であり1校につき約260人が在籍している。授業カリキュラム等はナショナルカリキュラム通りであり、民族文化継承のための取り組みや民族語での授業などは実施されていない。

 筆者は、ムロ民族寄宿舎学校を2018年3月に訪問しており、その際に校長先生や教師に対するインタビューを実施した。ムロ民族寄宿舎学校においては、男子児童生徒180人、女子児童生徒70人と男子児童生徒の割合が約2.5倍高いことが分かった。また、ムロ児童生徒が240人、女子児童生徒が10人と、ムロの児童生徒がほとんどである。教員は13人でありその内訳はムスリムベンガル人教師6人、ボルア(仏教徒ベンガル人)教師2人、チャクマ教師3人、マルマ教師2人であった。教員らは公立学校の教員とは異なり、Chittagong Hill Tracts Development Board (CHTDB)の所属である。そのため、転勤はあるが4校の民族寄宿舎学校内のみとなっている。児童生徒の入学試験は3年時入学と、6年次編入の際にある。2018年度の入学試験においては3年次入学の受験者数が76人に対し、合格者が35人であった。通年競争率は2倍程度となっている。6年次編入の際は受験者数が48人に対し、合格者が18人であった。通年倍率が2.5倍~3倍になるとのことであった。試験の内容は学科と面接である。中には、途中で他の学校へと転校するものもいるため学年ごとに児童生徒数は様々であった。入学してくる児童生徒の保護者はほぼ全員焼き畑農業従事者であり、現金収入へのアクセスが乏しいため、塾の費用などを支払ったりすることができないため、学校側が朝6時~8時、夜6時~9時の1日5時間自習時間を設けているとのことであった。卒業後の進路としては、バンドルボン市内の公立高校やバンドルボン公立女子高校が多い。

 授業料や寮費などの経済的な負担がないとはいえ、早朝5時起き、1日2食の生活をし、水資源に乏しい理由からため池で水浴びをし、決して十分とは言えない環境の中で3年生から親元を離れて寮生活を行う子ども達は兄弟の中で唯一教育を受ける機会を得ている場合も多く、家族全員からの期待を背負って学んでいる。

 古い資料ではあるが、CHTDF-UNDP(Chittagong Hill tracts Development Facility – United Nations Development Program) の2001年の調査によると、チッタゴン丘陵地帯(Chittagong Hill tracts : CHT)における少数民族児童は小学校の早い段階で約65%の児童がドロップアウトしていることが報告されている。非就学の面からみると同機関による2008年の調査でクミの非就学率が88%、ムロ87%、キャン74%、と小規模少数民族においては少数民族の中でも非就学率が非常に高い状況にあることが明らかにされている5
これらの原因は、バングラデシュ独立翌年の1972年から1997年の25年間の長期間政府と紛争状況にあり他のバングラデシュの地域に比べ、教育制度を整備することが困難であったことがある。また、和平協定締結後も山岳地域のため通学の困難さや、貧困問題、教員の質の問題に加えて、彼らの母語とは異なるベンガル語での学習や教科書を使用するため内容を理解できず学習への困難さが影響し非就学や中退につながっていると考えられている。さらに、小規模少数民族は少数民族内でも特に様々な開発から取り残されており、これらの原因としては人口が少ない、山頂部分に村を形成していることで彼らの声を中央政府や開発機関、国際機関に届けることができないという点が挙げられる。

 教育の中に関する言語に関する政策としては、1997年12月2日に少数民族とバングラデシュ政府との間で締結された「チッタゴン丘陵地帯和平協定」のB章(チッタゴン丘陵地帯地王政府誤解・丘陵地域議会)33-(イ)―(2)によると、母語による初等教育の実施が明記されている。しかし、現状は程遠く、現在も公立学校で母語による教育を進めていることを公にしている学校はない。チッタゴン丘陵地帯内の公立小学校の教員は、転勤があり、3~5年で同郡内における転勤をする場合が大多数である。市内やバザール付近の村においてはベンガル人の教員が少数民族の児童生徒のみの小学校へ赴任してくることもあり、ベンガル人教員や他民族の教員が児童生徒の母語である民族語を理解できない、使用できないといった現状が、チッタゴン丘陵地帯内における教授言語がベンガル語となっている要因の1つである。しかし、アクセスの悪い山頂付近に村を形成するクミやムロの村などでは、ベンガル人教師や他民族の教師が赴任を嫌がるため、クミや近しいムロ民族が教員として長く赴任している場合が多い。このような場合には、低学年を指導する際にはベンガル語と民族語の両方を用いながら授業を実施しているケースも見受けられる。

 一方、NGOが運営する学校の場合には教授言語に民族語を用いているケースもある。その一例として、カグラチョリ県にあるトリプラ民族によるローカルNGO、Zabrangが実施している小学校がある。筆者はZabrangの事務所を2017年9月に訪問したのだがその際にプロジェクトマネージャーにインタビューを実施した。Zabrangはカグラチョリ県内に20校ほど就学前教育~3年生までの学校を持っており、ナショナルカリキュラムに定められた教科書に加え独自に作成した民族語による教科書を用いての算数・国語(民族語)の教科教育を実施している。その他の少数民族が運営するローカルNGOも民族語保護に関する観点から、少数民族の言語に関するテキストなどを作成しているが、その多くは果物や生活用品などをその民族語でどのように表すかを表記している物である。少数民族語を保存するという観点からは評価ができるが、少数民族語を使って学ぶテキストを作成している団体は未だに少ないのが現状である。また、Zabrangも常に財政面での課題を抱えており、教員に対する給料などが不足し学校を閉鎖しなければならない状況となる場合も多く、学校数は年々減少しているとのことであった。

 さらに、国際的な政策としては、UNESCOが全世界的に少数民族に対して「母語の知識を基にしたリテラシーと学習の質の向上」を推奨している。これに従って2017年よりバングラデシュ政府は就学前教育の1年間を少数民族児童が自身の民族語で学習できるようにする政策をとっており、絵本などの読み物教材や、チャクマ文字練習帳を作成し公立小学校等へ配布している。しかし、現時点においてこの取り組みの対象となっている少数民族は人口の多いチャクマ民族、マルマ民族、トリプラ民族、ガロ族、サウタル族の5民族のみである。これらの教材の使用は現場任せとなっており、筆者が2018年4月、8月にランガマティ県ランガマティ市内にある学校を訪問した際に実際にこれらの教材を活用している学校を見つけることができなかった。公立小学校の教員によると、現在実施している科目だけで授業を増やすことは不可能であることや、そもそも自分自身が民族語の文字と接する機会がなかったために、教えることが難しいといった意見が出た。

 

 

 このように、教育をめぐる少数民族の課題は未だ数多く存在する。インフラや産業開発に比べて成果がすぐに得ることがでず、長期的な視点での取り組みが必要とされる教育開発は置き去りにされがちである。これらの長丁場な支援への取り組みを行っているNGO等は財政面での脆弱性から大規模な活動を実施するのが難しく、教育開発を進める際に現時点では教授言語がベンガル語であることに加え、教科書の内容などがベンガル人文化に寄ったものとなっているため、教育開発を進めることがイコールとして少数民族に対するベンガル人化を推し進めてしまう構造にある。

 また、少数民族内におけるヒエラルキーも今後の課題として挙げられるだろう。政府や国際機関等の支援や政策はどうしても目立つ主な少数民族向けのものになってしまう。このような姿勢が続くことで、少数民族内での格差の広がりが発生してしまい更なる問題を抱えてしまう。少数民族と一括りにするのではなく、その多様性にも目を向ける必要性がある。

 

 今後、校舎数や教員数といった「量」の側面の不十分さを改善していくとともに、少数民族の人々に対して独自の言語や文化、歴史、習慣などを教育の中でいかに保証していくべきか、政府と現地NGOや学校現場の協働をどのように実現していくかといった「質」の側面からのアプローチも教育及び言語政策の中で問われてくるだろう。

 

 

  1. ジュマネットHP http://www.jummanet.org/  
  2. 日下部達哉・斎藤英介(2009)「機会拡大と学校の多様化―教育の現状と高まる教育熱」、大橋正明・村上真弓(編著)『バングラデシュを知るための60章【第2版】』明石書籍、272-278頁
  3. 高田峰夫(2008)「バングラデシュの知られざる少数民族問題」、金基淑(編著)『世界の先住民族 -ファーストピープルズの現在―』明石書店、170-190頁
  4. Zabarang (2014)『Grass roots voice The situation of primary education in the Chittagong Hill Tracts of Bangladesh』P35
  5.  Zabarang (2014)『Grass roots voice The situation of primary education in the Chittagong Hill Tracts of Bangladesh』P71

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